白いカンバスにただ文字を描いていた。

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ふと、昔の彼女に言われたことを思い出した。

彼女は僕が書く文章が好きだった。その当時、文章を書くことを生業としていたわけでなく、まだ目指していたかといえばそうでもなかったと思う。

僕が彼女への思いを胸に抱きながら綴る、インターネット上の日記は、今読み返してしまえば、恥ずかしくなるような、ただただ恋に溺れている一人の男の、心のなかのつぶやきを集めたようなものだった。

しかし、彼女はそれを読むのが好きだった。

小さい頃から、景色を感じる音楽や、音を奏でる絵、時間をそっと戻してくれる情景に、匂いを感じさせる風、そのどれもが愛おしかった。

情緒といえば、なんとなくまとまりすぎていて違う気もするけれど、それでもそういったものが大好きで、それはきっとのどかな田園風景と、縦横無尽に車が行き交うバイパス、そして田舎ならではな大きな商業施設がある、違和感ともハーモニーとも言い難い、そんな場所に生まれ育ったからではないだろうか。

東京に来て出会った彼女は、夢も何もかも捨ててしまい、ただただ生きるためにそこに存在していた僕に光を与えてくれていた。
そうだ、思えば彼女が言ったのは、2人の関係が終わった後だった気がする。

何気ない会話の中で、ふと彼女が僕の文章が大好きだと言った。
ある日の日記の中の一節を指して「うまく説明できないけど、あなたのこんな文章がとても好きなの」と恥ずかしそうに言ってくれた。

思えば、あの頃は白いカンバスにただただ文字を並べて、そしてそれを彩るために景色を足していく、そんな風な日々だった気がする。

景色を描いてしまえば、もうそこに文章は要らなくなるから、先に文章を並べて、景色を描いていた。そして彼女はその景色をなぞりながら、好きだと言ってくれた。

文章でお金をもらうようになってから、いつの間にか情景を描くことを少しだけ忘れていた気がする。今もまだこうして、自分が好きに書くところは残されているのに、仕事の延長線上のように、ただただ事実をデッサンしていくだけになっていた。

本当は仕事の文章も、同じようにもっと色鮮やかに、豊かに、描くことができたほうがいいのだろうけど、いつしかそれができなくなっていた気がする。

ふと、その彼女と昔とある洋服店に行った時に、恥ずかしそうに財布を口にあてながら、2つの服のどっちを買うか悩んでいたのを思い出した。いつも景色がある女の子だった。

また、もう一度カンバスを白く塗り直すことを恐れずに、景色が描ければいいな。

こうして今もまだ、僕は日々文字をお金に変えている。